01.20.22:42
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06.25.23:42
ゆらめく心
ども。
ふう。
mixiのプロフィールでえらそうなことを書いても、
実際の生活の中では、
早くも心の火は、どんどん小さくなり、ゆらめいています。
人の心とは、不思議で、伸縮自在。
心に火がついて、炎となると、体からあふれるほどの自分を感じる。無限だと感じる。
しかし、ひとたび、何かに恐怖すると、
その恐怖は大きくなる。自分は、ぴたり体の大きさしかないように感じ、
実に弱弱しく、魅力のない、醜い姿の自分を、ひどく否定するようになる。
今夜は、残念ながら後者です。
もっとあふれるほどの自分があるんだけど・・・
今は、私の中身は、私の外にでていない・・・
日々、私ではなくとも、仕事をする標準的なマネキンで十分・・・
つらいこと、恐怖することから目をそむけてはいけない。
膝をついてしまうほどつらくても、深く、見つめるしかない。
本当の敵は、何者かの敵がいるんではなくて、
実は自分の中にしかいないんだから。。。
そう信じています。22歳の梅雨まっただなか。
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06.07.17:22
あの頃も、あのときも
わなかです。
5月を切り抜けたあと、
6月に入ってからの過ごし方の、あさましいことw
8日間連続で毎日お酒を呑み、飯をたいらげ、笑うだけの日々であった。
ま、
この組織内で唯一そして最も平穏な日々らしいので、
遠慮することなく、いただいた。
人生とは、なんなのであろうか。
そう、ふと思ってしまう。
今まで、人生の第一章は、ずっと学生であった。
その頃から、いろんなことがあり、気づけば今にいたる。
人生とは、もっと、高い山を登ってきたような味でないのだろうか。
もっと、明日も生きることを強烈に欲するものではないのだろうか。
虚無感である。
信頼できると、自負している、私の推測機能を使うと、
幸せすぎて、感覚が麻痺している可能性が最も高い。
もしくは、まだ見ぬ、新種の幸せ感を、見たことがない。若いから。
もしくは、人生とは案外そんなものである。
どれかだけ正解というわけでもなく、
3つとも正解なのだろうが、それぞれの割合がどうか、という問題である。
とりあえず、一つ目をぶち壊しに、動き出しましょうか。
06.07.17:10
基本に
こんにちは。
和中です。
5月に、少々対峙するものが多く、
なんとか全員斬り殺してきました。
人ではないです。
レンガです。(先述)
斬れないのは、レンガが堅いのではなくって、
己の刃が、精彩を欠いているから。
己の刃は、心を静めないと磨けない。
己の刃は、横着をし、自分を見失うと、磨けない。
磨けたつもりが、いびつにとがりはするものの、脆さが増しているのでは。
己の刃を磨くには、基本に忠実に、誠実に生きるしかない。
斬れないことは、うまくいかないことは、
おもしろくないが、
レンガや、他人のせいにしても、レンガが斬れることはない。
落ち着いて、自分を見つめるしかない。
昔なげられた、あのレンガは、
今考えると、あれ・・・豆腐だったのかもしれない、と後日思える日がくるでしょう。




