01.20.07:30
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06.16.00:22
バトルロワイヤル/バトルロワイヤル2
お久しぶりです。和中です。
バトルロワイヤル/バトルロワイヤル2 をここ数カ月で何度か見たわけです。
すでに何度か見たことがあるわけなので、もう何度めでしょうか。
この映画は、大多数の人にとってあまり好ましくない映画として評価されているかと認識しています。
残酷な殺人シーンや、大量の血が映されており、見るに耐えないからかと思います。
私は、映画を「伝えたいこと」と、「表現方法」に分けて考えています。
バトルロワイヤル/バトルロワイヤル2は、「表現方法」こそ見るのが辛いですが、
これらの映画が「伝えたいこと」は、とても共感できると思っているのです。
◆私が思う、バトルロワイヤルで伝えたいこと
①現代の日本という国では、「子供」から「大人」になる際、社会からとても大きな変化を
余議なくされるということ。
・大人と子供の断絶
・現代社会に生きる全ての人間は、老若男女、否応なく、各々絶対に「戦い」に参加させられる。
・「子供」の頃は、愛すべき人を愛し、ふれあい、親しみ、戯れる日々を過ごすことができた。
しかし、「大人」になることを求められる「その日」から、我々は、愛すべき人を愛することを、ふれあい、
親しみ、戯れることを許されない。
「その日」から、我々は、本当は戦いたくなくても、本当は傷つけたくなくても、自分が生きていくために、
戦うことを余議なくされ、相手を撃ち殺さなければならない。たとえそれが、
かつて我々が愛した友人や、仲間や、クラスメイトや、恋人であっても。
・そういった、「子供」から「大人」への変化を否応に社会から求められる際に生じる、
愛すべき日々、愛すべき人から「ひきちぎられる残酷さ/無念さ」を描いている。
愛すべき人を、自らが生き残るために傷つける「醜さ、残酷さ、葛藤」を描いている。
・「子供」に対して、そういった「変化」を求めるのは、現代の日本の社会そのものであり、
言い換えるなら「大人」である。
・現代社会が「子供」に対して求める「変化」に適応できない者、適応しようとしない者は、社会的に抹殺する。
・「大人」だって、全員が全員、そういった状況に賛成なのではない。
「大人」の一部は、今の現状がおかしいって思っているが、それを口にし、
態度で示した「大人」は、社会的に抹殺される。
◆私が思う、バトルロワイヤル2で伝えたいこと
①人が「生きる」ということは、それは即ち「必死に戦い続ける」ということである。
ゆえに、現代に生きていく全ての人は、各々にとっての敵と、日々刻々と「身を削るような戦争」をしている。
・世の中には、多数派と、少数派がいる。
・多数派の中にいる大人の中には、自分の所属する多数派が間違っていると思ってはいるが、
もしもそれを一度でも言葉にし、大々的に発表しようものなら、多数派によって社会的に
抹殺される状況である。
・なんかアメリカ批判もあるが、少数派が起こす行動の全ては、それ即ち彼らにとっての「戦い」であり、
彼らにとっての当然の「生きる」という行為である、というニュアンス。
◆私が思う、バトルロワイヤル/バトルロワイヤル2の表現方法について
・表現したい事象や事柄を、あえて極めて大げさな表現手段を持って表現することで、
「実際は、ここまでじゃないけど、まるでこのような状況みたいだよね」と主張する手法だと思う。
風刺ですね。
・このような表現方法は、他の例であれば「猿の惑星」がそれに類似していると思う。
「人種差別って、この映画での人間と猿のやりとりみたいだね。」風刺ですね。
とりあえず今日はここまで。
嗚呼、伝わらないのかな。
05.01.02:08
ビルさえ建たない
こんばんは、和中です。
すぐに一カ月も空いてしまう。
本当に時が矢のように早い。
矢、相当な早さだよ。
mixiでちょっと歯に衣着せない感じだしたら、誰も何にも触れてくれなくなっちゃったじゃないかw
私という生き物は、年の割に相変わらず、
世の中とか、社会とかについて話をするのが好きです。
「辺野古に基地を建てようとしたら、『辺野古解放のトラ』を結成して、戦う」なんて
過激なこと言いながら、ケラケラとサイゼリアで笑いながら昼ごはんを食べるSEです。
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SEとして働きはじめて1年が経とうとしています。
しかし、残念ながら、この長い長い初仕事は、うまくいきそうにありません。
最初は、クレジットカード会社のシステムなんて・・・(借金製造機かっ)と思っていましたが、
私が加わったグループが、人としっかりと約束して、その約束が果たせそうにないのです。
こんなに情けないことは、ありません。
借金製造機か、という思いは変わってませんが笑、
私は、みんなでやろうと約束したことが果たせず、多くの人々に悲しみと、苦しみが振りかかろうとしている
ことに対し、情けなさと、申し訳なさと、無力感でいっぱいです。
かつて、欠陥ビルを建てた男がいました。
その男のことを、世間は非難し、軽蔑しました。 私もその一人です。
しかし、今私はその男と同じ、いやそれ以下の行いをしているようなものです。
彼は、まだビルを建てた(それが逆にタチが悪いのだがw)、でも我々の場合は、ビルさえ建たない。
人生には、何回も、満足できない事が起きると思います。
そのたび、目を背けてはいけない。昔も、今もそう思うのです。
恐怖や、自分の弱さから目を背けたとき、事態が良くなることはないと思うのです。
率直に、今の目の前の状況と向き合います。 なぜ誤るのか?なにが良くなかったのか?
今の状況を少しでも良くできるように。
将来、私が、同じような過ちを決して起こさないように。
修行したいなと思う、23歳の春です。
・・・
これだといつもと一緒のパターンなので、、、
自分の素敵な夢を、ずっと抱きしめ続けようと思う、23歳の春です。
03.17.23:44
かんぼうじあ王国
昨日の朝、帰ってきました。カンボジアから。
仕事を抜け出して、アジアの貧困国へ。
楽しかったし、たくさん考えたし、充実した旅だった。
ほんとうに、ほんとうに、楽しかった。
煌めきながら、過ぎゆく、青春の日々だった。
いろんな自分がいる。
ああこうかなって思えば、いややっぱりこうかなって思う。
こうだと思う自分が、入れ替わり立ち替わり。
それも、そろそろ少しまとまりかけてくる雰囲気・・・。
キャリアや、貧困や、開発のこともあったが、そんなこと書かない。つまらない。
「自由になりなよ」
この一言が、頭をぐるぐる。疲れてるから?現実逃避?うっすら気づいていて、びっくりしたから?
23歳、この言葉が意味することを、理解するために、もう少し時間がほしい。
ありがとうかんぼうじあ王国。
帰国後感じた、違和感、緊張感が、はやくもなくなりつつある、東京の早春です。




